Profile
上出優之利(カミデマサノリ)
大阪府出身。阪神タイガース好きの野球少年だったが、小学校6年のクリスマスに近所の同級生の兄貴にビートルズを聴かされ、衝撃を受け音楽に目覚める。
実家はピアノ教室だったがピアノは上達せず、中1でフォークギターを始める。
愛読書ミュージックライフの影響を受けKISS、QUEEN、AEROSMITH等、当時流行のROCKを聴き始め、Led Zeppelin、Deep Purple、Creamを経てローリングストーンズにハマる。
高校1年の時、友人と「at.Q」というバンドを結成、エレキが買えなかったのでVoを担当。清志郎さん(RCサクセション)気取りで地元大東ではチョット人気を誇った。
18歳の時、YAMAHA主催の音楽コンテストで西日本で準優勝。
調子に乗ってプロを目指し、卒業後バンド全員で上京。チャンスを狙いつつバイトとリハスタの日々を過ごす。
結局、何もないまま2年後に解散。メンバーはバラバラに。
大見得切って上京してきた手前、帰るに帰れず、途方に暮れている時、小林克也の「ベストヒットUSA」でハービーハンコックの「ROCK IT」を聴き、初めてスクラッチを知り、驚愕!!「コレや」とDJを目指す。
ロンドンナイトやヘビーメタルナイト等、独特なイベントで、当時1番の人気を誇った新宿のディスコ「TSUBAKI HOUSE」に通い詰め、ウエイターでもぐ込み、1年がかりでなんとかオーディションに合格。
CANTARO(カンタロウ)というDJネームでキャリアをスタートさせた。
「TSUBAKI HOUSE→玉椿→Club D→CIRCUS→オデヲン→ミラーズetc...」
当時の人気クラブの喧噪の中、しだいにDJにのめり込み、気が付けばフリーランスDJの先駆者として80年代のクラブカルチャーのメインストリームに。
バブル期の巨大アミューズメントクラブ「MZA有明」やプリンスがミネアポリスで経営する「GLAM SLAM」の姉妹店のサウンドプロデューサーも担当、特に現在のお台場地区にあったMZA有明では、MCハマーやラッパー時代のウイルスミス等数々の来日公演等の企画制作も手掛け、あの狂乱時代を駆け抜けた。
その後、ライターとしてマガジンハウスの雑誌「POPEYE」「BRUTUS」で執筆、又ラジオのパーソナリティとしてFM YOKOHAMAやJ-WAVEの番組を担当、活動のフィールドを広げる。
1997年当時「ステーションGAIA」というまだ普及し始めのインターネットを使ったラジオ放送が始まり、その番組を通じてCo-FusionのHeigo Taniと知り合い再び音楽制作への意欲が高まる。2人でインターネットを中心に活動するユニット「urn」(ウラン)を結成、イギリスで始まったばかりのダウンロードサイトに楽曲を発表したり、都内のCLUBからPHSで世界へ向けてストリーミングLIVEを行ったりと実験的な活動をする。
その後、ドイツ フランクフルトのLIVEなどを経て、サウンドクリエイターとして本格的に活動を開始、中森明菜、荻野目洋子、相川七瀬、DOUBLE、TINAなどメジャーシーンでの多数のリミックスや編曲を手がけ、プロデューサーとしても通算12枚を数える人気シリーズ「COVER LOVER」などをリリースした。
2007年東京ミッドタウンの初代音楽プロデューサーに就任。年間を通して館内のオリジナルBGMの制作に携わる。
現在は、DJ、プロデュース、CM音楽等の制作全般に加え、より自身の音楽原点にに重心を置くべく、SAX奏者杉本憲明とのユニット「bossadubit」(ボサダビット)とエレクトロニックラウンジ系のソロプロジェクト「SEPTEMBER NOTE」で多数作品を発表、そのフリーマインドな音と活動に対する信望者も多い。
1962年7月19日生まれ、B型、蟹座。
masanori kamide
offical web site 2011

